manamiの戯言

専門的なことはよくわからないけど思った事をただ好きなように言ってみる

outflow

 

昨日?今日?あたりに

Twitterのリスト内容がわかるという

問題があったらしい。

 

保護してあるから本人しか見えない

というわけなのだけれど

その時だけは中身がどんなもんか

見えちゃうという

秘密にしていたかった人には

かわいそうな事件

他の人にも見えちゃったのは題名だけのようだけれど

それでもけっこうエグかったのかなと。

 

私はいつもこういったことは

自分にしかわからない

暗号のようなもので登録なりなんなりしている。

 

いくら保護してあるとはいえ

いつ、こういった問題が発生するか

わからないからだ。

(と言っても誰も見ないと思うけど)

 

ネットの世界って

ハッカーとかいるぐらいだし

たぶんそっち系のすごい人が何かすれば

全部筒抜けだろうなっていう

意識でいる。

(と言ってもハックされるような立場にはいないけれども)

 

ていうか、有名人なんてバレたくないことがあるのなら

本当に徹底した方がいいのに

なんてツメが甘いんだろう?

(本人の勝手だけどさ)

 

機械関係って

いつバグってもおかしくないし

全消しになってもおかしくないから

そんな意識でいる。

(アナログ人間の考え方か)

 

ノートに手書きが1番。

そのノートですら

いつ誰が見るかわからない意識で

いる時もある。

(疑いすぎ)

 

と思うと、声に出したり紙に書いたり

ネットで公開したり

1度自分の外へ出したもの

誰かしらと共有するものと思って

どこかでずっと残るものとして

扱ったほうがいいんだろうなと思う。

 

となると軽々しく何かするのが怖くなる

ような気もする。

でも、出してなんぼだろうな

という気持ちもある。

けっきょく自分の頭の中で考えていることって

ただそれだけの事で何にもなってない。

さらけ出しておくのもいいと思う。

もっと詳しく言いたいけど、今はそんな気分じゃないからここまでで。

 

というか私は

1月29日【テレパシー】で言ったように

基本自分の考えは読まれている

というつもりで過ごしていた時期があるから

このネット関連の信用のなさはその時のクセが出ているのかも。

 

今回(一瞬)明らかになってしまった

リストの内容流出で

訂正した人もいるかもしれないし

消した人もいるかもしれないし

見られてもいい、見られているとしたらこうにしておこうというようにした人もいるかもしれない。

 

それは

この私が思っていた【見られている・バレてる感覚】と似ているなーと思った。

 

常に見られているとしたら、という前提で動く。発言する。秘密にしたって意味ない。

 

きっと、こういうことだな。

同じ。

 

…と思ったものの

あんまりこういう意識で生きるのは

楽しくないかもしれない。

 

私はそのクセがまだ抜けてないけど

あまりオススメはしないかな。

と思う。